ストレスチェック制度の目的とは
ストレスチェック制度とは、労働安全衛生法に基づいて事業者に義務付けられたメンタルヘルス対策であり、厚生労働省が推進する「一次予防(未然防止)」の仕組みです。
従来のメンタルヘルス対策は、不調になった後の相談窓口設置や職場復帰支援といった「二次予防・三次予防」が中心でした。しかし、ストレスチェック制度は「労働者が自身のストレス状態を把握し、心の不調を未然に防ぐこと(セルフケア)」、そして「職場環境の改善につなげること」を主な目的として設計されています。
単なるアンケート調査ではなく、健康管理と組織改善の両面を兼ね備えた法定の制度なのです。
法改正で50人未満の事業場も義務化へ
これまで、ストレスチェックの実施が義務付けられていたのは「常時使用する労働者が50人以上の事業場」のみであり、50人未満の小規模事業場では「努力義務」にとどまっていました。
しかし、多様な人材が安全かつ安心して働き続けられる職場環境を整備するため、労働安全衛生法が改正されました(令和7年法律第33号)。
【労働安全衛生法改正のポイント】 これまで努力義務とされていた労働者数50人未満の事業場におけるストレスチェックの実施が、全ての事業場に対して完全に義務化されます。
この新しいルールは2025年5月に法律が公布されており、公布後3年以内に施行される予定です。つまり、令和10年度(2028年)ごろには、すべての事業所でストレスチェックが義務化されることになります。
実施しない場合の罰則と企業の安全配慮義務
現行法において、従業員が50人以上の事業場がストレスチェックを実施せず、その結果を労働基準監督署へ報告しなかった場合には、報告義務違反として50万円以下の罰金が科せられる可能性があります。
ただし、実務担当者が最も意識すべきは罰則の有無だけではありません。企業には、従業員が心身ともに安全に働けるよう配慮する「安全配慮義務」が法律で定められています。ストレスチェックを怠った結果、従業員がメンタルヘルス不調に陥った場合、企業が安全配慮義務を怠ったと判断され、法的責任(民事上の損害賠償請求など)を問われるリスクがあることを理解しておく必要があります。
実務担当者が押さえるべき実施手順5つのステップ
ストレスチェックを円滑に導入し、法的に正しい運用を行うための具体的な実施手順を5つのステップで解説します。
ステップ1:基本方針の表明と衛生委員会での審議
まずは事業者として「従業員の心の健康づくり」に取り組む方針を社内に表明します。その後、衛生委員会(労働者数が50人未満で設置義務がない場合は、従業員代表との話し合いの場)において、以下の実施ルールを調査審議し、社内規程として明記します。
- 実施の体制(時期、実施者、面接指導の医師など)
- 使用する質問票の選定
- 高ストレス者の選定基準
- 面接指導の申し出窓口と方法
- 集団分析の方法
- 結果の保存方法と個人情報の保護体制
ステップ2:実施者と実施事務従事者の選定・役割分担
実務運用において最も重要となるのが、役割による「情報アクセスの権限管理」です。ここで不適切な選定を行うと、法律違反(プライバシー侵害)となるリスクが高まります。
- 実施者:ストレスチェックの企画や結果の判定を行う中心人物です。医師(産業医)、保健師、または厚生労働大臣が定める研修を修了した看護師・精神保健福祉士・公認心理師が担当します。職場の状況をよく知る産業医が実施者となることが望ましいとされています。
- 実施事務従事者:実施者の指示のもと、質問票の回収やデータ入力などの実務を行います。従業員が評価への影響を恐れて嘘の回答をすることを防ぐため、人事権(解雇、昇進、異動など)を持つ人は担当できません。人事権のない一般社員や外部委託機関が担うのが適切です。
詳しい役割の違いについては、実施者と実施事務従事者の役割についての解説記事をご確認ください。
ステップ3:従業員への説明とプライバシー保護(同意取得)
従業員の不安を解消し、正直に回答してもらうためには事前の丁寧な説明が不可欠です。
特に重要なのは、「個人の測定結果は、実施者から直接本人に通知され、本人の同意がない限り会社(事業者)に開示されることは絶対にない」という鉄則です。また、ストレスチェックを受けないことや、結果の開示に同意しないことを理由とした不利益な取り扱いは法律で固く禁じられています。
ステップ4:質問票の選定とストレスチェックの実施
質問票には、以下の3つの領域に関する質問が含まれている必要があります。
- 仕事のストレス要因(仕事の量・コントロール度など)
- 心身のストレス反応(イライラ、気分の落ち込み、身体の症状など)
- 周囲のサポート(上司や同僚からの支援など)
国が推奨する「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」を使用するのが一般的です。
ステップ5:医師による面接指導と就業上の措置
実施者による評価の結果、「高ストレス者」と判定され、かつ本人が希望した場合は、会社は医師による面接指導を必ず設定しなければなりません。
医師は面談を通じて心身の状態を評価し、必要に応じて会社に対して働き方の調整(残業の制限、業務量の軽減、配置転換など)を求める意見書を提出します。会社はその意見を尊重し、適切な就業上の措置を講じる義務があります。
努力義務から一歩進める「集団分析」と職場環境改善
ストレスチェックの個人結果はプライバシー保護のため会社が自由に閲覧できませんが、部署や年代ごとの傾向を10人以上の単位で集計・分析する「集団分析」は、事業主に結果を提供することが認められています。
集団分析を行うことで、組織内のどこにストレス要因が潜んでいるかを数値で可視化できます。
分析の際には、「総合健康リスク」という指標がよく用いられます。これは全国平均を100とし、対象部署において休職者が発生する確率を点数化したものです。
【総合健康リスクの計算方法】 総合健康リスクは、以下の計算式で算出されます。 総合健康リスク = 健康リスク(A) × 健康リスク(B) ÷ 100
- 健康リスク(A):仕事の量的負担、仕事のコントロール度(職場のストレス要因)
- 健康リスク(B):上司の支援、同僚の支援(職場のサポート度)
この数値を全国平均や社内の別部署と比較することで、「業務量が過多になっている部署」や「上司のサポートが不足している部署」を特定し、ピンポイントで職場環境の改善(タスクの再分配、管理職向けラインケア研修の実施など)を講じることが可能になります。
国会における附帯決議でも、ストレスチェックの効果を高めるために集団分析と職場環境改善をさらに推進すべきであると議論されており、今後の法運用においても非常に重要な位置づけとなっています。
まとめ
ストレスチェック制度は、単なる法令遵守(コンプライアンス)のための業務ではありません。正しく運用し、集団分析を活用することで、従業員の離職率低下や生産性の向上、さらには「健康経営」の実現へとつながる強力なツールです。
2028年の全事業所義務化に向けて、小規模な事業場であっても、今のうちから実施体制の検討や産業医等の専門家との連携を進めておくことを強くおすすめします。
実務上の不明点や、スムーズな導入のための外部委託(Web受検システムの活用など)をご検討の際は、ストレスチェックサポートセンターへお気軽にご相談ください。
- Q1. パートやアルバイトなどの短時間労働者は対象になりますか?
- A. 契約期間が1年以上見込まれ、週の労働時間が一般社員の4分の3以上である場合は義務対象となります。
- Q2. 従業員が受検を拒否した場合、会社はペナルティを課せますか?
- A. 労働者に受検義務はないため、拒否を理由とする不利益な取り扱いは一律で禁止されています。
- Q3. 50人未満の事業場での義務化は具体的にいつから始まりますか?
- A. 改正法の公布(2025年5月)から3年以内となるため、遅くとも2028年(令和10年)5月までに完全義務化されます。
- Q4. 外部の代行業者に委託する場合の注意点は何ですか?
- A. 機微な個人情報を扱うためのセキュリティ体制の確認と、社内産業医(実施者)との連携フローの構築が不可欠です。


